倒産経験社長の実体験ブログ

私の経営していた会社が20☓☓年に経営破綻。負債3億円以上で会社は破算で個人も自己破算、そんな倒産を体験した社長による実話ブログです。倒産前から弁護士介入、裁判、免責許可までの手続きの実体験、流れや出来事、生活の様子などなど。当時不安で情報を探しましたが参考サイトはほぼ見つからず。そこでこのブログを作りました。経営危機の方や、倒産しそうな方、また中小企業経営者で倒産について知識として知っておきたい方、当時知らなかった事、知りたかった事、倒産にまつわる様々な情報です。質問相談なども受け付けます。

スポンサーリンク

倒産前と今とその生活



平凡な日々

倒産して数年が経ち、転職も数回体験しましたが、今は仕事も落ち着き、変わらぬ日々の繰り返しの毎日です。この変わらぬ日々の繰り返しというのが、世間一般的にはごくごく当たり前で、それこそ就職してからずっとそんな日々の繰り返しで、5年、10年、15年とずっと繰り返されていて、ごくごく普通というか当たり前なのかなーと思いました。

サラリーマンって凄いって思いつつも、今は自分もそのサラリーマンで、実際そうしている訳で、そこからは逃げれないんですが。今思えば、社長時代は大変でしたけど、やっぱりそれでも楽しかったなと思いました。

倒産を振り返ると、倒産前の2年間、債務不履行で苦しかった数か月、弁護士介入で正式に破産申し立てしてから、債権者集会、そして免責許可がおりるまでの1年余り、あの3年間の辛かった出来事が思い出されます。もちろん債権者他、沢山の方に迷惑を掛けたので、そのぐらいの思いをして当然と思いますが。

普通である幸せ

歯が痛い時、何でこんな痛いんだ、あー痛くない普通の時が恋しいよーとかって思った事ないですかね。病気になった時、あー病気でない普通の時、ごくごく当たり前の普通の時がなんて幸せだったんだろう、早くあの普通の状態に戻んないかなって。

普通である事の幸せって、普通でなくなった時に感じるもんですよね。今、ごくごく普通の生活に戻った今だからこそ、この普通の幸せを感じる今日この頃です。が、たぶんですが、自分はそう思っていても、第三者、例えば妻は同じような感じ方はしないのかな?とふと思います。社長時代の平穏な日々と、今の平凡な日々を比べてしまい、あの時にあったもので今ないものに対しての物足りなさ、今こうなってしまった事へのみじめさ、自分のせいではなく体験した苦しい体験、過去、そしてその後に、ただただこういう生活になってしまった境遇というか、現実を受け入れる事の難しさを感じてしまうのも事実です。だから、当事者としては今の不通と言う幸せを感じつつも、一生償っていかなければならないという、これも一つの現実です。

今の生活

サラリーマン生活も3年以上が経過し、今はすっかりサラリーマン。誰がどこから見てもサラリーマン。そして残念ながら気持ちもサラリーマン。再度の独立、起業には大反対されているので、たぶんこのままずっとサラリーマンです。

ちょっと数年前まで、毎月1億以上のお金を動かしていたんですが、今は面影もないかもしれないですね。毎月びびたるおこずかいしか動かしてない(汗)
とても物足りないんですが、居心地は良いです。楽で楽で楽過ぎてびっくりしちゃいます。もちろん、営業なので数字を取らないといけず、それは大変です。日々、数字を追いかけてますが、でも社長業に比べれば楽で楽でびっくりするぐらい楽ちんで。

仕事が終わればプライベート。家に帰って資金繰りの事も考える必要もなければ、会社の戦略とか、トラブルの事とか、考える必要もなく、とても楽ちんです。このままでいいのか?と思っちゃいます。もちろん、今の会社で昇進してある程度のポジションへ上がっていくつもりで、営業成績もトップ取ったり取られたりのトップ集団ですが、それほど達成感はないんですよね。社長やってた頃の達成感とは全然違う感じです。若い子がそれに触発されて、俺も頑張るぞとなってくれて、そのまま自然に会社全体の売上があがっていけばいいかなって、すっかりおじさん的な考え方であり、もしかしたら経営者だった頃の名残なのかなと。

このままある程度稼いで定年になって、その後の事を考えると、何かしらのサイドビジネスならぬ、収入を稼げる手段を作っておかないとと、最近ようやく思うようになりました。これも今の生活がある程度落ち着いてきたからなのかと思います。

サラリーマン時代も、仕事しながらプライベートで色々ビジネスを模索してて、気づいたら給与と同じぐらい稼いでて、あれ、これ、こっちに専念すればもっと稼げるんでは?と思って起業したのですが、今は再起業という選択肢がないので、純粋に副業がそのままプラスαの収入になっていくのですが、ぼちぼち考えたいですね。

もしも何か進んだ時は、このブログでもご紹介したいと思います。

情熱の薔薇

昔、ブルーハーツってバンドがありましたね。年配の方は分かると思いますが、若い方は?かもしれません。「リンダリンダ」が有名です。YOUTUBUなどでライブ映像などを見ると、初めて見た方は衝撃というか笑劇かもしれませんが(汗)

「情熱の薔薇」というこれも有名な曲ですが、その中に「なるべく小さな幸せと、なるべく小さな不幸せ」っていう歌詞があるんですが、この歌詞に「うーん」と唸ってしまいました。普通である事はつまらない事かもしれませんが、すごく幸せな事で、働いて、結婚して、子供が出来て、休みの日に遊んで、ごくごく普通の幸せが実は大事なんだなってね。

日々の仕事の努力の上に成り立っている幸せですので、普通ではありますが、簡単な事ではないのでしょう。サラリーマンを10年、20年やるっていう選択肢は私の人生の選択肢に全く無かったので、でもそういった生活を普通に送れている事の大変さと幸せさ、今、何となく分かってきた気がしています。

ま、私の場合「限りなく大きな幸せと、限りなく大きな不幸せ」を体験してきた人生でしたので、この歌詞の真逆ですが、どっちの人生が良かったのか?って考えれば、結局は『やる事やって失敗したので、死ぬ前にやらない後悔をするよりは良いかな』っていうのが結論といえば結論ですが。

なんだかあまり内容のないブログでしたが、ご拝読有難うございました。 以下、死ぬ前に後悔するか?について書いたブログです。宜しければ。